ロンドンにおけるナポリピッツァ全景

7年前に私が到着したロンドンでは、ナポリピッツァはまだ、名前は知られているが本物にはほとんどお目にかかれない、都市伝説のような存在だった。この街におけるナポリピッツァの胎動期だったこの頃、その名に値する店は数えるほどしかなかった。このピッツァが本格的に動き始めたのは、その約一年後。ハイレベルのピッツェリアが次々にオープンしたこの時代には、ロンドンにおける「ナポリピッツァの春」という表現がふさわしい。しかし、それも今や昔。現在のロンドンは、イタリアを除いたヨーロッパにおける、誰もが認めるナポリピッツァの首都としての地位を確立している。現在この街では、ナポリ近郊に位置するピッツェリアと比べても全く引けをとらない、溢れんばかりのバラエティが花開いている。

この状況を踏まえ、ロンドンにおけるナポリピッツァの全景をお届けしたい。ピッツェリアの羅列は避け、カテゴリー別にその味わいと、この街におけるピッツェリアの成長および歴史をたどる。
ここに挙げることがかなわなかった店には、どうかご容赦願いたい。本レポートのスペースでは、ロンドンにおける店舗数には太刀打ち不可能であった。

先駆者

ロンドンにおけるナポリピッツァの元祖は、イーリングのサンタ・マリアSanta Mariaというのが通説となっている。厳密には、ブリクストンのフランコ・マンカFranco Manca(ただしこの店は少々特殊な運命をたどった)等、この店より先にオープンしたピッツェリアは実在する。ただしサンタ・マリアは、質の高い本物のピッツァでロンドナーの注目を集め、中心街から離れたゾーン3との境に位置した住宅街にある、わずか20席ほどのこの小さな店を目指して人々が押し寄せるという現象を起こした、真のパイオニア的存在であることは、まぎれもない事実である。

2人のオーナー、パスクアーレ・キオンキョとアンジェロ・アンブロージオは、情報をスマートに活用し、常連以外の人々にもこの店の存在を浸透させた。わずか数年のうちに、中心街寄りにさらに2軒をオープン。間もなくこれに4軒目が続こうとしている。伝統をしっかり踏まえる一方、実験精神も旺盛だ。最近も全粒ブレンドの生地が登場し、この店のピッツァに新たな個性を加えている。

Santa Maria Ealing
15 St Mary’s Rd, Ealing, London W5 5RA
ピッツェリア情報

この店と同じ頃この街に根を下ろし、歩幅は広くないが確実に前進を続けている店もある。アンティーカ・ピッツェリアAntica Pizzeriaは、シックな地区として名高いロンドン北部ハムステッドに位置した、信頼の老舗である。「FATTE ‘NA PIZZAピッツァ食べなよ」というナポリ弁でのフレーズのはめ込みも眩しい薪窯は、昔から変わらず、こじんまりとしていつも賑わっているこの店のオープン以来のシンボルである。昨年バーネットに開いたその2軒目は、バールとジェラートコーナーも備え、ピッツァのみならずイタリアの食を360℃とり揃えている。

Antica Pizzeria Hampstead
66 Heath St, London NW3 1DN
ピッツェリア情報

伝統的

ロンドンで最初に人気を博したピッツァは、ナポリのいわゆる「ヴェラーチェ(「生粋の」の意)」、ナポリの下町のど真ん中、トリブナーレ通りで提供されているタイプであった。
このタイプ -縁(コルニチョーネ)が薄いラージサイズ― を探される方々は、ロンドン南部へ向かっていただきたい。ストリーサム地区のブラーヴィ・ラガッツィBravi Ragazziは、カジュアルなピッツェリアで、席数はわずかしかない。しかし、あなどってはいけない。ラッパーのルケが手がけるこの店は、ロンドンにおけるうまいピッツァのシンボルである。海を越え、ニューヨークはブルックリンに2店目もオープンしている。

Bravi Ragazzi
2A Sunnyhill Rd, Streatham, London SW16 2UH
ピッツェリア情報

ナポリとダイレクトに繋がっているのは、クラパムに位置したピッツェリア・ペッローネPizzeria Pelloneである。ナポリのフオリグロッタ地区にある同名のピッツェリアを本家とするこの店は、メイド・イン・サウスMade in Southという、これまたうまいピッツェリアを引き継いで誕生した。若きオーナーのアントニオが、彼のファミリーが営むナポリ本店のスタイルを貫くこの店では、大きく、薄く、トッピングたっぷりで、ジューシー -正にヴェラーチェ- な一枚が楽しめる。

Pizzeria Pellone
Indirizzo: 42 Lavender Hill, Battersea, London SW11 5RL
ピッツェリア情報

ストリート・フード

シルヴェストロ・モルランド。4つに折りたたむピッツァをロンドンにもたらした彼の名は、特筆に値する。彼のブルーのシトロエンHバンは、今やロンドン東部のスピタルフィールズ・マーケットにおけるアイコン的存在である。ロンドナーにとっては目からうろこであった「たためるピッツァ」というコンセプトは、この街では、ナポリを偏愛するアブルッツォ出身の彼とセットで認識されている。
彼のピッツァの外観は、時とともに4つ折りタイプからテイクアウト用のボックスに収まるタイプへと推移した。とはいえ、このメニューのエッセンスであるストリート・フードというあり方に対するシルヴェストロのこだわりは、ゆるぎなく健在である。ロンドンにおけるストリート・フード人気が堅調な中、彼のスッドゥ・イタリアSud Italiaの将来は、ピッツァにみなぎる彼のナポリへの愛がしっかりと照らし続けてくれよう。マーケットのピーク時、このブルーのバンは鮮やかなその色、そして何よりも一番長い行列で、最も目を引く存在である。

Sud Italia
Old Spitalfields Market, Brushfield St, London E1 6AA
ピッツェリア情報

ここでは他にも挙げたい店があるが、別のカテゴリーとして次に紹介したい。

コンテンポラリー

ミケーレ・パスカレッラも、ストリートから身を起こしたピッツァ職人である。彼のナポリ・オン・ザ・ロードNapoli On The Roadは、薪窯を搭載したピアッジョ・アぺ。この相棒とロンドン中のファーマーズ・マーケットを何年も回った彼は、テイクアウト用ピッツァで大人気を博した。出身地カゼルタでピッツァの修業をしたミケーレは、コルニチョーネが大きい、いわゆるゴムボートタイプの一枚で他と一線を画する。ふんわりと柔らかく、大きな気泡が見事に立ち上がった彼のピッツァに認められる改良の軌跡は、重ねに重ねた小麦粉研究の賜物である。かの有名なロンドンの気象条件も、ミケーレがエンジンをかける手を止めることはかなわなかった。高みを目指し、一歩一歩着実な歩みを進めた彼の勤勉さは、高級住宅街チジックでのピッツェリア開店に実を結んだ。こちらも開店からわずか数週間にして、既に人気を呼んでいる。

Napoli On The Road
9A Devonshire Rd, Chiswick, London W4 2EU
Telefono: +44 20 7062 5723
ピッツェリア情報

ゴムボートタイプだけが、コンテンポラリー・ピッツァではない。高品質な素材とその組み合わせが、古典的な「サルシッチャ・エ・フリアリエッリ(イタリアンソーセージと、アブラナ科の菜の花のような苦みのある野菜を、唐辛子・ニンニクと合わせて炒めたナポリ料理。この場合のようにピッツァのメニューとする際は、イタリアンソーセージはスライスするか、粗く砕いてトッピングする)」とモダンな一枚を隔てる、差別化の鍵を握っている。
ロンドン北部はカノンベリーのオイ・ヴィータOi Vitaでは、その両者がお待ちかねだ。ピッツァ職人のニコラ・アピチェッラと、共同経営者のマッテオ・スペツィアーレのメニューには、わずかなクラシック・ピッツァに、独創性を愛するロンドナー気質にぴったりの高感度なピッツァが次々と続く。またここでは、存在感を増しているヴィーガンおよびヴェジタリアンメニューへも力を入れている。

Oi Vita
67 Newington Green Rd, Mildmay Ward, London N1 4QU
ピッツェリア情報

ヴィーガンと言えば、近郊の町ブライトン発祥のピッツェリアの姉妹店プレッツァPurezzaを忘れるわけにはいかない。オーナーたちの言葉を借りれば、彼らは「植物のパイオニア」である。このピッツェリアが使用する、ほとんどが自家製の食材の全てが植物性である。窯の第一線に立つのは、ピッツァシェフの長を務めるフィリッポ・ロザートである。じっくり発酵させた生地は、まさに軽さそのもの。フィリッポの鋭い感性が生み出すレシピと素材のコンビネーションは、ヴィーガン料理に対するあらゆる偏見を、あっさり払拭する。

Purezza Camden
43 Parkway, Camden Town, London NW1 7PN
ピッツェリア情報

グルメ

グルメという言葉は、都合よく使われ過ぎのきらいがある。表現自体に興ざめする方も大勢いらっしゃることは承知の上で、あえてこの名に恥じないロンドンの真のグルメ・ピッツェリアといえば、ベッリッロBellilloに並ぶ者はいない。この店のメニューに掲載されたピッツァの説明には全て、カンパーニア州産の食材が延々と並んでいる。

我々の大地から、あなたの手へFrom our lands to your hands」― サルヴァトーレ・エスポジトとフランチェスコ・ヴィーニャが打ち上げるこのコンセプトは、鼻で笑う向きもあろうが、私は声を大にしてたたえたい。ロンドンに続きバルセロナでも展開されたこの信念は、ついにはナポリへの凱旋も果たした。一度は新天地を目指して飛び立ったが、やがてその軌跡を逆にたどり、母の胸に戻ったのである。カンパ―ニア州産の食材にこだわるベッリッロでは、ピッツェリア中を覆う写真の一つひとつが、各食材の原産地を語り掛ける。

Bellillo UK
255 Munster Rd, Fulham, London SW6 6BW
ピッツェリア情報

このカテゴリーには、サウスワークのオ・ヴェール ‘O Verで、マリーノ・ボーヴェが作り出している海水ピッツァも挙げられる。この店は、最近セント・ジェームズ・マーケットに2軒目もオープンした。海水を生地に用いるという発想は、特に革新的なものではない。事実マリーノの師匠は、この手法をとるピッツァ職人の代表的な存在であるグリエルモ・ヴオロである。ただしこのピッツェリアのメニューに対するアプローチは、群を抜いて洗練されている。クラシックなメニューを少数に抑える一方、贅沢でおいしいものにも慣れっこのロンドナーのツボにはまるメニューがきら星のごとく並んでいる。アルコールメニューの厚みからも、その方向性と理念が伝わってくる。

‘O Ver Borough
44-46 Southwark St, London SE1 1UN
ピッツェリア情報

さて、その将来は?

ナポリピッツァの旺盛な増殖力はとどまるところを知らず、あらゆる方向にそのテリトリーを拡げている。成功を収めるピッツェリアといえば、一昔前であれば、小さくもコアな顧客層を大切にする個人経営の店であった。しかし、今やSNSの時代。純粋な趣味で、または新たな職業としての可能性を念頭において、この技を習得しようとするファンは引きも切らず、彼らのウエブ上の高い露出度の影響力は多大なものとなっているのが実情である。さらに、ピッツァにビジネスの可能性をかぎ取った投資家たちが新規のピッツェリア事業創設に投入する金額は、増大の一途をたどっている。
またその中間では、コンサルティング業者が、未来の職人たち各々のレベルに応じたピッツァの技術指導に勤しんでいる。彼らの生徒は、イタリア人だけではない。むしろその大多数は、ロンドナー ―イギリス人、またはまたはUKを「ホーム」と定める外国籍の在住者― である。ロンドンでイタリアのこの美食文化に興味を持ったら、わざわざナポリまで足をのばさずとも、地元でこれを習得できるわけである。

ロンドンにおけるピッツァの将来は、間違いなく多民族である。すでにこの街では、様々な国にルーツを持つオーナーが開いたピッツェリアのユニークな看板 ―Wandercrust, Well kneaded, Made of dough等― が見受けられる。国境も海も越えて久しいナポリピッツァは、このヨーロッパの美食の首都において、押しも押されもせぬトップメニューとして君臨している。

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